宗教&インテリジェンス(旧harmonyのブログ)

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ポセイドン・アドべンチャーとパンデミックとの戦い

1.タイタニック号とポセイドン号



今から、48年前の1972年、「ポセイドン・アドベンチャー」という映画が大ヒットしました。大津波によって客船がさかさまになり、取り残された人々の一部を、スコットという牧師が導き助けるのですが、記憶に鮮明なのは、その牧師の勇気と行動力です。スコット牧師の活躍を思い出したく、ビデオ屋に行ってレンタルして久しぶりに見ました。48年前の映画が今でもちゃんと置いてあるということは、これが時代を超えた名作である証拠です。







「ポセイドン・アドベンチャー」と、1997年に制作された「タイタニック」は、おもしろい対比があります。「タイタニック」は豪華客船で処女航海。ポセイドン号は老朽化した客船で、解体前の最後の航海。ですから、タイタニックの一等船室には大金持ちが乗っており、反対に、ポセイドン号は、金持ちはおらず、中流、中流以下の人々が乗っているということです。一生、金物屋をやって苦労し老後に旅行している人、お金がなくてステージで歌うことで旅費を無料にしてもらう若者グループなど、お金とは縁がない人々がポセイドン号の乗客です。







「タイタニック」は、3等船室の乗客である貧しい若者が、一等船室の乗客である女性と恋に落ち、自分が犠牲になり女性を救うストーリーです。「ポセイドン・アドベンチャー」は、乱暴な言葉使いをし、活動的で、どんな困難にも神に頼らず、自分の力で運命と戦えという信仰をもつスコット牧師が、絶望的な状況で9人の人々を導き、助けるため勇敢に戦い、犠牲になるストーリです。彼はまさに、モーセのように人を導き、イエスのように人のために死にました。







2.スコット牧師の戦う信仰



以下は、ジーンハックマン演じるスコット牧師とジョン牧師の会話です。



ひざまずいて神に祈り助けを求める、それですべてが解決するんですか。馬鹿々々しい。私がいた所では、2月に凍てつく部屋で暖を求めて祈れば、ひざが凍り付いてしまいます。差し伸べた手にはツララができます。祈っていれば凍死する、それより、家を壊して燃やした方が救われるんです。


正統から外れてますな。スコット牧師。


でも現実的です。教会がただ祈りの場であってはならないのです。


そんなことを言う人がよく聖職者の地位に留まっていられますな。驚きだ。


そうでしょうね。過激、反抗的、批判的ということで、牧師の権限は全部はく奪されました。でも負けませんよ。


懲罰を楽しんでいるようですな。


懲罰。私には幸いだ。場所も知らないアフリカの新興国にとばされた。ハハハ。司教は私が一番欲しかったものをくれたんです。自由です、真の自由。規則を振り切り、自分のやり方で神を見いだす自由です。


もう失礼する。


ジョン、これでも私に説教を。


頼むよ。居眠りする者はおるまい。




次はスコット牧師の説教です。



「神は忙しいのです。人類に関する計画はあまりに遠大です。だから、個人が神を求めてもダメです。個人の重要性は、過去と未来をつなぐことにある。それは子孫であり、人類への貢献です。苦しい時に神に祈らないこと。内なる神に祈りましょう。勇気をもって戦うのです。神が求めるのは勇敢なる者、勝利者です。負け犬ではない。勝てなくとも勝つために頑張ることのできる者、神は頑張る者を愛する。では、新年にあたって我々は何を決意すべきか。あなたがたの勇気を示すのです。戦うのです、自分と愛する者のために。あなたがたの神は、つねにあなたとともに戦ってくださいます」




ポセイドン号が津波に襲われる直前、新年を迎えるテーブルで、スコット牧師が乾杯の音頭をとります。



◎船長に代わって乾杯といきましょう。
◇何のために乾杯するのですか?
◎愛です。
◇素晴らしい。




そして、人々を導きますが、最後にピンチを迎え、スコット牧師が犠牲になる直前、神に訴えた言葉です。


「これ以上何をお望みです。われわれは自力でここまで来た。あなたの助けは借りなかった。助けてくれとは言っていません。だから邪魔だけはしないでくれ。ほっといてください。どれだけ血を流せば満足するんです。あと何人の命を。ベルの命を奪い、エイカーズの命を取り、そして今度はリンダ。まだお望みですか。なら私の命を。 — 必ず助かる。さ行くんだ。ロゴ、後を頼むぞ」







3.戦うアメリカ人、スコット牧師、そしてトランプ大統領



スコット牧師の、神に向かって「邪魔だけはしないでください。ほっといてくれ」と訴える言葉は、日本人には理解が難しいかもしれません。イエス・キリストも、十字架に掛けられながら「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコ福音書15章)と、明らかに不平ともとれる言葉を残しました。






イエスは「わたしがあなたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネの福音書15章)と言いました。キリスト教の本質は人を愛し、人のために犠牲になることです。スコット牧師は、このキリストの言葉を実践しました。






彼は、あのような絶望的な状況で、自分の命を少しも心配することなく、他の乗客を救うため必死になりました。強いリーダーシップを発揮し、警察官あがりのロゴに対しても、荒くれ者のような乱暴な口調で命令し、批判するので、ロゴは怒り、もうお前なんかについて行けないと反発します。従った人たちも、スコット牧師の判断を疑ったこともありましたが、結局、牧師は間違っていませんでした。






今、武漢ウイルス感染のなかで、私たちはスコット牧師の姿から大事なことを学べます。人間は、どんな困難に直面したときも、勇気をもって戦うことを忘れてはならないということです。私たちは、ロックダウンで、戦うことよりも、「家で大人しくしていなさい」と、逃げることを勧められました。アメリカ人は、スコット牧師のように戦うことは得意ですが、家でじっとしているということは苦手だと思います。反抗的でマスクをしろと言われても従わない人が多いです。だから10万人もの死者を出したのかもしれません。






しかし、武漢ウイルスの背後には、ロックダウンという消極的手段では解決できない、戦わなければならない存在がいます。中国です。武漢ウイルス問題とは中国問題なのです。両者は一つのものです。他のどの国で同種の感染症が発生しても、こんなに深刻な事態にはなりませんでした。中国共産党が、自らを守るために、武漢ウイルス問題を隠ぺいし、偽り、世界を犠牲にしたのです。中共は、キリストや孔子の利他的教えと真逆の思想をもつ集団です。しかも、今に至っても自分の責任を認めず。それどころか、なんと、事前に各国で買い占めておいた医療品や、中国人医師を外国に送って、世界に恩を着せようとしています。今、世界がかかえる最大の問題は中国問題なのです。






スコット牧師は、トランプ大統領に似ています。トランプ大統領は、ざっくばらんに自分の思いを表現し、問題発言も多く、スコット牧師のように周囲から反発される個性の持ち主です。しかし、国民のために戦い犠牲になる覚悟ができている指導者だと思います。今、アメリカは、津波によって転覆したポセイドン号のように、人心も経済も疲弊してしまいました。大統領は、国民に新しい希望をもたらし、経済を復興させ、中国と戦わなければなりません。強いリーダーシップが求められ、勇気と力を発揮しなければなりません。






最も難しいのは中国との戦いです。これは、アメリカ政府だけでできることではなく。国民も中国共産党と戦う意思が求められます。国民がトランプ大統領とともに戦わず、大統領が孤立すれば、中国が勝利します。そうなれば、世界の多くは、香港やウイグル、チベット、そして中国全土のような、全体主義の弾圧にさらされる絶望的な状況に陥るでしょう。自由主義諸国に住む私たちは、転覆したポセイドン号の乗客のように、長く圧政のもとで苦しむ十数億の不幸な人々を救うために、トランプ大統領とともに中国共産党と戦わなければなりません。
(永田)