宗教&インテリジェンス(旧harmonyのブログ)

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トルコ ‐ 西アジア超親日国の苦悩

1.ケマル・アタチュルクの「脱亜入欧」

トルコには国の標語があり、それが「国に平和、世界に平和」です。トルコ共和国の建国の父、ケマル・アタチュルクの言葉です。トルコの前身、イスラム主義に立つオスマン帝国は、ローマ帝国の後継者と称せるほど、地中海周辺の広大な領土を支配しました。近代に至り、西洋列強の圧力で領土が縮小し、小さくなったトルコ共和国は、イスラム主義を後退させ、大胆に、西洋文明を受容しました。まさに、日本のような「脱亜入欧」を断行したのです。





その後は、順調な発展を遂げ、中東や周辺地域の平和維持に欠かせない役割を果たすようになります。しかし、2003年、イスラム教を復興させる、エルドラン氏率いる、公正発展党が政権を握って以来、アタチュルクの思想を継承する「世俗派」と、「イスラム派」とのあいだで、国家のあり方をめぐり葛藤が続いています。





つい、今年の6月、首都、イスタンブールの市長選で、アタチュルク主義に立つ野党の共和人民党のイマモール氏が勝利し、エルドアン政権に大きな痛手となりました。公正発展党が掲げているイスラム主義復興の行方に陰りがさしてきました。





今日のトルコは、世俗主義かイスラム主義か、西洋(EU)かアジアか、NATOかロシアか、また、反グローバリズムかグローバリズムかなど、深刻な問題のはざまに立ち、苦悩しています。その歴史を振り返ってみましょう。




2.精神的には、明治維新以上の改革を断行



トルコは、イスラム教に対する過度の執着を捨て、宗教の壁を越えて、周辺諸国の価値観を尊重し、西洋文明との和解を目指しました。オスマン帝国時代の従属国との葛藤関係も、侵略主義放棄と平和外交により解消したのです。このトルコの成功は、文明の融和と平和主義を掲げた国家戦略の正しさを教えます。





オスマントルコ帝国は、ヨーロッパとアジアに跨るイスラム帝国でしたが、近代になり西洋諸国の圧力を受け弱体化しました。第一次大戦に敗北し、1923年には、帝政が倒れ共和制に移行したのです。





初代大統領ケマル・アタチュルク(1881-1938)は近代化を推進し、イスラムの統治制度スルタン・カリフ制を廃し、イスラム法を廃止し、近代的ヨーロッパ法を採用する一方、女性の解放、国語のアラビア文字からローマ字表記への変更など、国家体制の脱イスラム化を断行しました。




これは、日本の明治維新以上の国家大改造といえますが、イスラムを否定したものでも、アジアを軽視する態度をとったものでもなく、イスラム教傾倒を是正し、西洋、イスラム双方とバランスある共存の道を開いたといえます。トルコの国家戦略における、東・西のバランスは日本が学ぶべきものです。




3.二つの火薬庫のなかの平和維持者の使命



アタチュルクは「国に平和、世界に平和」という言葉を国家の指針とし、ヨーロッパ、アジアを問わず、周辺諸国と友好、中立、不可侵条約を締結するなど、平和外交を推進しました。




今日、彼の言葉はトルコ共和国の標語となり、2006年にトルコを訪問したローマ教皇ベネディクト16世はアタチュルク廟の来館帳にこの言葉を記し、2009年、オバマ大統領がトルコ訪問中に行なった演説でも、この言葉に言及するなど、アタチュルクの思想は今日でも世界で高く評価されています。





旧オスマントルコ帝国領は「世界の火薬庫」である中東、「ヨーロッパの火薬庫」であるバルカン半島という、人種、宗教対立の地を含みます。歴史的にその母体であったトルコが、安定勢力として関係諸国と融和外交を推進していることが、この地域の破局回避にどれほど貢献しているか知れません。






トルコと日本は、アジアの中でいち早く近代化を遂げた国ですが、文明に対するスタンスは異なりました。トルコの人々は自国を、「西洋とアジアの架け橋」と自負しますが、東西文明の和解推進は、この国が建国以来一貫して推進した国家戦略と言えるのです。翻って、日本は、「西洋とアジアの架け橋」になるという国家戦略はなかったし、その意識も弱かったのです。






2003年以来、イスラム色の強い政党である公正発展党が政権を掌握し、長く安定していたトルコが、国のあり方をめぐり揺れています。日本とトルコの関係は極めて友好的で、この混乱は心が痛いです。「国に平和、世界に平和」というアタチュルクの理念を継承し、世俗派とイスラム教が和解し、引き続き、不安定な周辺地域の安定に貢献する役割を果たすことを期待します。
                     (永田)


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