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韓国史の精神性と、「韓流ブーム」の歴史的同時性 

1か月ぶりに、記事をアップします。今回は日韓関係における、戦国時代と現代の同時性という、きわどいテーマを論じます。お付き合い下されば感謝です。



1.受難の国



隣国であり、文化的にも近い韓国のあり方は、日本を映し出す鏡になると思います。この国は、大陸国家から度重なる侵略と圧力を受け、海洋国家である日本からも支配されました。現在も国家が分断されている状況のなかで、日本や中国、ロシアという大国に四方を囲まれています。





韓国はながく、厳しい国際環境のなかに生き、冷戦期には西側陣営の前衛国家としてアジア社会主義国家群と対峙しました。しかし、日本のような、「脱亜的思考」をもったことがありません。アジア大陸の一部であり、中国と善隣外交を結んだ歴史とともに、儒教、仏教というアジア宗教に対する強い信仰心、すなわち「アジア精神文明に対するこだわり」がこの国とアジアを強固に結びつけています。





2.韓国人は、純粋アジア人



そのため、日本人と韓国人の自国認識には差があります。韓国人はクリスチャンに尋ねても、自国がアジアに帰属すると誇りをもって答える「純粋なアジア人」です。しかし日本人は、仏教徒であっても、日本がアジアに帰属すると、誇りを持って即答できるでしょうか。近代日本の歩みと人々の意識を考えると、答えに詰まるのが普通だと思います。





韓国はアジアの動向に運命を左右され、幾多の苦難を経ましたが、厳しい環境の中でも覚悟を決め、ドンと居座っています。その覚悟の背景には、自分達こそがアジア精神文明の真髄を引き継いでいるという自負心があります。これが、今につづく、韓国人の自信の源泉です。





モンゴルの苛烈を極めた侵略下、江華島で「八万大蔵経」を作り上げ、16世紀、日本では戦乱の時代に、李退渓や李栗谷などの大儒があらわれ儒教思想を深め、文禄・慶長の役や清の侵略に耐えました。弱者であった時、アジア伝来の宗教を頼み、危機を克服したのです。





民族は、侵略を受ける時に宗教心を高揚させ、精神文明に対する帰属意識を強めます。この国は、幾多の苦難の歴史によって自国文明とアジア精神文明が固く結ばれたのです。日本が韓国から学べることは、キリスト教徒であっても、アジアと自然に繋がっている、アジア文明に対する強い帰属意識です





3.韓流ブームと戦国時代の同時性



このアジアとしての韓国と、日本が急接近したのが、あの「韓流ブーム」でした。




戦国・江戸初期と、近・現代における「脱亜」から「入亜」への年数を比較してみましょう。「戦国脱亜」の始まりを1543年の鉄砲伝来とし、「元禄入亜」の始まりを1680年の綱吉の将軍宣下の時点とすると、その期間は137年となります。



一方「明治脱亜」のはじまりを1867年の明治維新とすると、137年後は2004年になります。2004年というと「冬のソナタ」の大ヒットで韓流ブームが本格化した年です。





これは、数字合わせに意味があるのではなく、古代入亜は「仏教文化」の流入がともない、戦国脱亜は「南蛮文化」が流入しました。元禄入亜は、朝鮮通信使がもたらす「儒教文化」の流入と「中国語ブーム」があり、明治脱亜は「欧化推進」がともないました。21世紀に入り日本は本格的にアジアに目を向けるようになり、その象徴的な文化現象が「韓流ブーム」だと思うのです。





4.戦国と現代のパラレル



ふたつの時代はパラレル(並行)な展開が見られます。ヨーロッパ文明を積極的に導入した信長軍団は武田騎馬隊を鉄砲活用で破りました。信長の後継者である秀吉は、鉄砲の威力により、朝鮮に侵攻しましたが、明と朝鮮の連合軍によって阻まれ失敗しました。徳川幕府は国家戦略を「入亜」に転換しましたが、明との関係は修復されず、朝鮮王朝と国交を持ちました。






近・現代の日本は西洋文明を受容し富国強兵を進め、日清、日露戦争に勝利しました。中国大陸に覇権を拡大しましたが、第二次大戦に敗れ挫折します。戦後、中国に社会主義政権が樹立し、両国の国交は開かれず、韓国と国交を持ちました。






ふたつの時代は「西洋文明の受容 ー 国力強化 ー 侵略 ー 敗北 ー 中国との修交未達成 ー 韓国との修交」というパターンに、一致が見られます。歴史は繰り返すと言いますが、これは戦国期と、近代から現代にいたる日本の歩みが、「脱亜」から「入亜」という共通のテーマで流れたからだと思います。脱亜という発展と拡大、そして動乱の時代を収拾するのに、137年という長い時間が必要だったのです。






韓流は、一方的に韓国が日本に文化的影響を与えるものではありません。むしろ、長いあいだ韓国では、まさに一方的な日本文化の流入時代があり、今日でも芸能以外のほとんどの分野では、日本文化の韓国への輸出の方が多いのです。韓流ブームとは、日韓のあいだにヨーロッパ諸国間のような、相互的な文化交流が始まった歴史的現象といえます。






現在、日韓関係は、最悪といえる状態です。しかし、10数年前、驚異的な韓流ブームがあり、日本人は韓国に関心をもち、多くを知りました。いま、日本人は、韓国を憎くとも、韓国を知っているのです。これは、重要な変化です。韓流ブーム時代につくった知的遺産により、将来において、日韓双方が相互理解に達することができるのです。    (永田)




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